live performance on May 15, 1997 at EJ’s in Portland, OR
Either/Or 時代に戻ってしまうのですが、未発表の隠れ隠れ隠れ名曲のライブの歌詞を訳してみました。2002年にもライブで歌われた記録があり、エリオットの頭の中を時折ウロウロしていた曲だったかと思われます。
Unlucky Charm (Come Out Now)
live performance on May 15, 1997 at EJ’s in Portland, OR
Either/Or 時代に戻ってしまうのですが、未発表の隠れ隠れ隠れ名曲のライブの歌詞を訳してみました。2002年にもライブで歌われた記録があり、エリオットの頭の中を時折ウロウロしていた曲だったかと思われます。
Unlucky Charm (Come Out Now)
エリオットの父親であるゲイリー・スミスのインタビューです。エリオットが14才の時に参加した地元のタレントショーについて語っています。
「タレントショーがあった大きな教会は人で一杯だった。色々な参加者がいてその一人はタップダンサーで、「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」(注:1940年代に作られた戦争プロパガンダ映画)を星条旗カラーのコスチュームを着て踊ったんだ。エリオットは「ブラックバード」を演奏して、僕はあっけにとられたよ、もしかしたらそう思っているのは僕だけかなと思ったんだけど、演奏が終わった後、静かな間があって、そのあと暖かい拍手が会場に広がったんだ。その時初めて、ああ、これが息子の行く道なのかなって」
彼はビールのボトルを置いた。
「で、その話のオチっていうのが」
ーそのときにはエリオットはくすくす笑い出していたー
「全国大会への出場者は「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」のタップダンスを踊った人が選出された。それがそういうことの始まりで、」
彼は全部まで言わなかった、なぜなら親子は大声で馬鹿笑いしていたから、そして言わなくても明らかだった。それは、どうも賞とは無縁だということの始まりであり、だからといって「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」の路線で行きたいかというと、そうではないらしいということだ。
「エリオットはあちこちで方向転換して、袋小路に飛び込むかもしれない」
父は息子のギターをストロークしながら言った。
「でも彼は自分を貫くこと、高潔さを守ることを知っている。物静かだが、彼は芯から強い」
僕は『Elliott Smith ( セルフタイトル)』のレコードを量産することに興味なんてない。もし『I Second That Emotion』みたいな普遍的で親しみやすい曲が書けたら本当に嬉しいよ。大博打を打つってことだよね、万人に受け入れられつつ人間的な何を創るっていうのは。
Elliott Smith: He's Mr. Dyingly Sad, And You're Mystifyingly Glad By RJ Smith.より引用。
お久しぶりです。様々な諸事情からずっとお休みしていました。にもかかわらず、このブログを訪ねてくれる人がいたこと、本当に心からありがとうございます。エリオットの音楽はもちろんのこと、このブログのことについてもずっと考えは巡らしていて、また少し再開できるのは嬉しい限りです。
引き続きXOからの曲でPitselehを取り上げたいと思います。今回は、いつもと違って自分の過去の体験を踏まえてこの曲を味わってみたいと思います。解釈の一つと思って頂ければ幸いです。
Pitselehの意味
Pitselehはイディッシュ語で「little one(かわいいひと・子ども)」を意味し、恋人や子供に愛情をこめて呼ぶときに使われるそうです。他にも英語では、honey とか、sweetieとか色々ありますよね。ヒートマイザー時代のガールフレンド(JJゴンソン)の父親が彼女をそう呼んでいたらしく、エリオットもJJに対して使っていたそうです。というわけで、この曲はその彼女、もしくは他の過去の恋愛/友人関係にインスパイアされてできた曲、という見方ができます。自分を愛してくれる人達へ彼自身の正直な気持ちを伝えているようです。彼らが思う「本当の僕」に恋をしても、僕が知っている「本当の僕」は愛する人を傷つけ、苦しめることしかできない、という複雑な感情が音で伝わります。「But no one deserves it」のところで聞こえるピアノはこのアルバムのハイライトですよね。でもこの歌から聞こえてくるのはそれだけじゃない。
Pitselehは、誰への呼びかけ?
それでは、歌詞に出てくる「The silent kid is looking down the barrel」のsilent kid(kid ってけっこうエリオットの歌詞に出てきます)って誰なんだろう?って考えてみます。エリオット自身を投影しつつ、私には両親の離婚や不仲で翻弄され、本来の子供時代を送れず彷徨っているインナーチャイルドへの呼びかけのような気がします。その子供たちは「声」を持つことができなかった。Looking down the barrel ( of a gun) というのはイディオムで、銃口を覗き込んでいる=起こって欲しくない危険(ここではおそらく死の危険)が迫っていることを示唆するそうです。silent, noise, quietの対比が緊張感を高めています。そして現在の自分がインナーチャイルドに対して、足りないものを埋められるパズルのピースにはなれなかった怒りや自責の念といった感情を伝えています。
個人的な体験になるのですが、彼の音楽を聴くとき思い出す人がいます。とはいっても会ったこともないのですが。
今から約20年程前に、カナダに短期間のホームステイをしたことがあります。そこでお世話になったのは、あるご夫婦とその子供4人のうちの2人が一緒に住んでいた家で、あとの2人の子供は独立していました。ある日、独立して近所に住んでいた娘さんがやってきて、家族アルバムを見せてくれました。彼女が言うには、本当は5人兄弟だったらしく、家族写真には「3番目の兄」がいて、彼だけが違う母親から生まれてきた子どもだったのと。私が「今彼はどこに住んでるの」と聞いたら、彼女は「彼は随分前に自殺したのよ」と教えてくれました。
私はすごくショックでした。その家族は仲が良くて、週末には独立していた子ども2人もよく遊びに来ていたし、ご夫婦は面倒見の良い、とても優しい方たちだったからです。ただ、その自殺をした彼を思ったとき、それはどのような苦しみだったのだろうかー自分だけ母親が違うことで自分はその家族に完全に属していないのではないか、生まれてきたこと自体が間違いではなかったんだろうかという自分の存在意義への否定ーそのような疎外感について考えざるを得ませんでした。
エリオットの歌詞によく出てくる「half」という言葉は、そのことを私に深く感じさせます。実母の家でも、実父の家でも、再婚後の家庭がそれぞれあったエリオットはやりにくかっただろうなと思います。
そしてPitselehを聴くとき、私はこの出会ったこともないカナダのステイ先の「3番目の兄」のことを思い出してしまうのです。
また、PitselehはCondor Ave. と並んでライブでの演奏をよく渋った曲で、2003年のHenry Fonda Theatreでは、観客からのリクエストにこうコメントしています。
Pitselehは、長くて退屈だ、、、僕的にはね。歌詞ありきの歌なんだよね。言葉に引っ張られる歌が間違ってるなんてことは全くないんだけど、でもPitselehは僕にはつまらないって感じなんだよ。
たとえ彼がそう言ったとしても、Pitselehの歌詞ってどこを取り出してもすごく印象的で切なくて、深く胸に突き刺さる歌詞だと思います。
Pitseleh
I’ll tell you why I don’t want to know where you are
I got a joke I’ve been dying to tell you
この世代のアメリカのロック少年たちはハードロックから入る。パンクはもう少しあと。。。
バンドをやってみたいと思ったレコードは?
自分のお金で買った初めてのレコードはキッスの『アライブII』。それが関係してるかはわからないなぁ。そうかもね。いやもっとあるよ。キッス、ビートルズ、マイナースレット。道のりを引き返すって難しいね。ギターを始めたのは12歳のとき。その頃僕と僕の友達だけでゴスペルソングを弾こうとかしてたんだーアメイジング・グレースとかね。でもAC/DCのバック・イン・ブラックみたいなのも練習していたよ。
ご存じの通り、エリオットが生前残したオフィシャルなミュージックビデオやインタビュー映像は多く残されていませんが、その中でも『Lucky Three』(1997年)と『Strange Parallel』(1998年)の2本は、当時の彼を知ることができる貴重な作品になっていると思います。両者とも、ドキュメンタリーというには情報が少ないし、MVとも呼べないような内容で手作り感にあふれているのですが、彼ってどんな人だったんだろう?って思ったときにはこの2本を見ることはすごく役に立つのではないでしょうか。今回は Either/Or時代の『Lucky Three 』について書いてみます。
ジェム・コーエンさん撮っててくれて本当にありがとう。
『Lucky Three 』
1997年/11分/16mmフィルム
監督 ジェム・コーエン
フガジの1987年から10年間にわたる軌跡を記録した傑作ドキュメンタリー『Instrument』で知られる映画監督ジェム・コーエンによるショートフィルム。あくまでパンクのDIY精神に則った作風。撮影は1996年10月17日から20日にポートランドで行われ、収録曲は3曲(Between the Bars, Thirteen, Angeles)と、冒頭とラストにBaby Britainのアコースティック音源が使われています。
また当時のポートランドのランドスケープの映像もなかなか魅力的です。
Lovejoy Columnsのシーン 1927年から99年にかけて使用された高架橋で、柱はギリシャ移民であったTom Stefopoulosという鉄道会社の警備員が仕事の合間に描いたもので、ごく初期の"グラフィティ"といわれている。ガス・ヴァン・サント監督作の「ドラッグストア・カウボーイ」にも出てきます。現在は高架橋は取り壊されているが、柱は地元の有志達の尽力で一部保存されています。
Ladd's Addition Gardens ポートランド最古の計画住宅地であるLadd's Additionが有するローズガーデン。ESはこの地区に住んでいたそう。ポートランドの別名は「バラの街」というくらいバラに力を入れている。
橋、橋、橋... どれがどの橋なのかいまいちわからなかったのですが、ポートランドの別名は「橋の街」というくらい橋が多いらしい。
Sheridan Fruit Co.というグロッサリー(看板の下で彼がビニール袋をぶら下げている)ここでよく買い物してたんでしょうか。2021年時点でも営業中。
雨、水たまり、ガラスに流れる雨粒... あ、ポートランドは雨の日が多くて、別名「雨の街」ともいわれているんですよね。そしてもう一つの別名は「ヒッピーの街」(どんだけ)
曲が撮影された場所は、
Between the Bars - 自宅のバスルーム、よく見ると洗面所とトイレが見える?静かだったからそこで撮ったらしい。
Thirteen - かつてヒートマイザーが練習していた地下室。「Rock is King」のポスター!
Angeles - 自宅のリビングルーム
全てワンテイクのライブ録音とのこと。
また、MTV "Indie Outing"でのJaneane Garofaloとのインタビューでは、エリオットがこのビデオについて少し話してくれています。
「彼(Jem Cohen)はちょっとした音楽のドキュメンタリーみたいなものを作りたかったんだ。MVやドキュメンタリーのどちらとも言えないような。ポートランドに数日滞在してその辺を歩いていたり、数曲演奏してる僕なんかを撮影してくれたよ。」
エリオットにとっては、当時フガジを撮ってた彼がわざわざポートランドに彼を撮りに来てくれたなんて相当嬉しかったんじゃないかなぁと思うんですけどね。
一方、寡黙なジェム・コーエン監督はこのフィルムについて、
「飾らない最高のミュージシャン、これが僕が思い出すときのエリオットなんだ」
とコメントしています。
ラストシーンはテープを逆回転しているようで、水たまりから傘のようなものが出てきてエリオットが掴むシーンで終わるのですが、チャップリンの無声映画「Between the Showers」がインスピレーションかもという意見をネットで見つけました。タイトルからするとあり得るかもしれませんね。
私たちはいつもお互いミックステープを作っていたの。彼、私と友人二人でパーティに行くので、みんなミックステープを作ろうという約束をしたんだけど、4つのテープ全部にローリングストーンズの『Rocks Off』が入っていた。それでエリオットが曲がかかるたびにRocks Off!に続けて自分たちが運転している街の名前を叫ばなきゃいけないってことにしたのーRocks off, デラウェア!とかRocks off, ニューアーク!とかね。
NY時代のルームメイト、Dorian Garryの思い出。私も「Exile on Main St.」はよく聞いた1枚です。
Elliott performing on Saturday Night Live in 1998. from r/elliottsmith
歌のタイトルをクリックしてください。エリオット、ジョン・ブライオン、サム・クームス、ロブ・シュナッフ、The Decemberists のジョン・モーエンという珍しいラインナップ。
Don't want your love anymore
Don't want your kisses, that's for sure
I die each time I hear this sound
Here he comes, that's Cathy's clownI gotta stand tall
You know a man can't crawl
When he knows you're tellin' lies and he hears 'em passing by
He's not a man at allWhen you see me shed a tear
And you know that it's sincere
Don't you think it's kinda sad that you're treating me so bad
Or don't you even care?
あなたの愛はもういらないあなたのキスはいらない、間違いないよこの音を聞くたびに僕は死にたくなるまた奴が来た、あれはキャシーの道化師僕は堂々としていなくては男がへつらっているわけにはいかないんだ君が嘘をついているのを知りながら奴らが通りすぎるのを聞いたら男ではいられなくなるあなたは僕が涙を流したのを見た時それが心からだと知っていながら僕にひどい仕打ちをするなんて悲しくないのかそれとも気にもとめていないのか?
Feeling better now that we're through
Feeling better 'cause I'm over you
I learned my lesson, it left a scar
Now I see how you really are
You're no good
You're no good
You're no good
Baby you're no good
I broke a heart that's gentle and true
Well I broke a heart over someone like you
I'll beg his forgiveness on bended knee
I wouldn't blame him if he said to meYou're no good
You're no good
You're no good
Baby you're no good
I'm telling you now baby and I'm going my way
Forget about you baby 'cause I'm leaving to stay
気持ちが良くなったわ もう私たちは終わったから気持ちがすっきりしたわ もう吹っ切れたから私は学んだの 傷ついたけれど今の私はあなたという人がわかる
あなたは酷い人よあなたは酷い人よあなたは酷い人よベイビー 全然いい人じゃないわ優しくて誠実な人の心を台無しにしたのあなたみたいな人のためにひざまずいて彼に許してもらおうと思うわ彼に言われても私は責められないあなたは酷い人よあなたは酷い人よあなたは酷い人よベイビー 全然いい人じゃないわ
あなたに教えてあげる私は自分の道を行くわあなたを忘れるの私はここから去っていく
曲中の女性のポートレート
『彼女は落ち着き払っているように見える、実際そうなんだろう/誰がはっきりわかるというのだろう?/彼女は何の感情も示さず/冷たいチャイナドールのようにぼんやりと前を見つめている』
I’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhow
Waltz #2 (XO)first the mic then a half cigarettesinging Cathy’s clownthat’s/to the man that she’s married to nowthat’s the girl that he takes around townshe appears composed, so she is, I supposewho can really tell?she shows no emotion at allstares into space like a dead china dollI’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhownow she’s done and they’re calling someonesuch a familiar name(such familiar names)I’m so glad that my memory’s remote‘cause I’m doing just fine hour to hour, note to notehere it is the revenge to the tune(he’s gonna have his revenge to the tune)(he knows the words but he can’t sing the tune)“you’re no goodyou’re no good you’re no good you’re no good..”can’t you tell that it’s well understood?I’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhowI’m here today and expected to stay on and on and onI’m tiredI’m tiredlooking out on the substitute scenestill going strong(where we belong)xo, mom(me and my mom(I love you, mom)it’s ok, it’s alright, nothing’s wrong(it’s all wrong)tell Mr man with impossible plans to just leave me alonein the place where I make no mistakesin the place where I have what it takesI’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhowI’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhowI’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhow
ワルツ #2
はじめにマイク、そして吸いかけの煙草
「キャシーズ クラウン」を歌いながら聞き覚えのある名前であれは今彼女が結婚している男あれは彼が街を連れ歩く女彼女は落ち着き払っているように見える、実際そうなんだろう誰がはっきりわかるというのだろう?彼女は何の感情も示さず冷たいチャイナドールのようにぼんやりと前を見つめているこれから君を知ることはないだろうけど、それでも君を愛するんだろうもう彼女は歌い終わって、誰かが呼ばれている(such familiar namesここでは名前が複数形)
記憶が薄れていくのが嬉しい
だって僕は刻一刻、一音一音 うまくやっているから
これがその歌への仕返しさ
(he’s gonna have his revenge to the tune 彼はその歌に仕返ししようとする)
(he knows the words but he can’t sing the tune歌詞を知っているのに彼は歌を歌えない)
「あなたは酷い人、あなたは酷い人、あなたは酷い人」
そんなこと百も承知だってわからないの?
これから君を知ることはないだろうけど、それでも君を愛するんだろう
僕は今日もここにいて ずっとずっと居続けるってことになってる
疲れたよ
疲れてしまったんだ
身代わりの場面に向き合うのは
未だ強くなるばかり
(where we belong me and my mom 僕と母さんがいるところ)
愛をこめて 母さん
(I love you, mom愛しているよ、母さん)
OK、いいんだ、何もおかしくないよ(it’s all wrong全て間違いなんだ)
ありもしないことを考えているミスター・マンに僕に構うなと伝えてくれよ
僕が過ちを犯さないところで
僕に何が必要かわかっているところでこれから君を知ることはないだろうけど、それでも君を愛するんだろう
「(15歳の時の)ボーイフレンドにエリオット・スミスのCD(Either/Or) をもらったんだけど、それを聞いてすごくクールだって思ったわ。とてもインスパイアされたし、すごい衝撃を受けた。今だってそう。レコードの歌詞や音のクオリティ、有機的に作られているのに、心の痛みを和らげてくれる。」 (Pitchfork interviewより)
「(当時父親と制作していたレコードに対して) 私は自分が作りたいと思っていたレコードを作っていないと気付いたの。そして本当の自分を知ることを学びたくなった、無駄を削ぎ落した彼のレコーディングから聞こえる魔法の全ても。」(NPR interviewより)
Big Thief のエイドリアン・レンカーが最も影響を受けたミュージシャンの一人にエリオット・スミスを挙げています。西マサチューセッツの山奥にあるワンルームキャビンでレコーディングされた「Songs」と「Instrumentals」という対になるアルバムが今年10月に4ADよりリリースされましたが、完全なアナログ制作によるサウンドに心が動かされました。アルバムを通して澄んだ森の空気のような雰囲気があり、今年一番好きになったアルバムかもしれません。レンカーはこのアルバム制作に関して、
「ワンルームキャビンではアコースティックギターの中にいるみたいに感じたわ。空間の中で音が 反響しあうのを聞くのが本当に嬉しくて。」
と語っています。『ソングス』の中に収められた『エニシング』は恋人(ガールフレンド)との別離が歌われますが、まだ記憶が遠く薄れていない語り手の心の綾を見事に表現していると思います。エリオットスミスの「Either/Or」なくして彼女の作品は存在しなかったかもしれませんね。
あなたにとってのハートブレイクソングは?
ジョージ・ジョーンズの『He Stopped Loving Her Today』とニーナ・シモンのほとんどの曲。でも『He Stopped Loving Her Today』は世界で一番悲しい曲だ。この歌は、彼が彼女を愛することをやめたのは彼が死んだから、という設定なんだ。「僕は今日彼に会いに行ったよ」と死んだ男の友人の視点から歌われる、その男の葬式に行くってことなんだ。ものすごく悲しい曲だ。
From interview "Elliott Smith on the tunes that made him a man"
Tomorrow Tomorrow
Everybody knows which way you go straight to over no one
Wants to see you inside of me straight to over I heard the
Hammer at the lock say you’re deaf and dumb and done give
Yourself another talk this time make it sound like someone theNoise is coming out, and if it’s not out now, then tomorrow
Tomorrow they took your life apart and called you failures art
They were wrong though they won't know ‘til tomorrow I got
Static in my head the reflected sound of everything tried to goTo where it led but it didn’t lead to anything the noise is
Coming out, and if it’s not out now, I know it’s just about to
Drown tomorrow out
みんなは知っている どちらの道を君がまっすぐに進むのか
誰も望んでいない 僕の内面の君をまっすぐに見ることを
ハンマーで錠前が叩かれる音を聞いた「君は何も聞こえない 話せない 終わってる」と 君にもう一度話をさせてやるんだ、今度こそ別人のように聞こえるよう
ノイズが現れる、もしそれが今でなければ、明日、明日には
君の命はバラバラにされ、君を失敗のアートと呼んだ奴らは間違っている 明日までわからないのに
頭の中は静止してる 全てが反射された音が導かれるところへと
向かおうとした でも何も導けなかった
ノイズが現れる もしそれが今でないのなら 僕にはわかる 明日を
かき消してしまうことが
「Tomorrow Tomorrow については、(イントロの)ギターパートがあって、色々と試行錯誤していたと思う。全てが流れるように彼から出てきたわけじゃないんだ。でも、この曲のバージョンは間違いなくスタジオで生まれた。「よし!ここはこう、次はこうやって、初めからやってみよう」という感じで、そこから一挙に。エリオットは普通のギターを弾いていたんだけど、僕は高弦チューニング(ナッシュビルチューニング)にした12弦ギターを持っていたから、そこから低弦を外してすごく近い音階の、よりピアノみたいな音になった。ただしE弦とB弦はユニゾンで残してね。」
この頃のエリオットは音楽的な面から言えば、とても調子の良かったころだったのでしょう。初めてちゃんとしたスタジオで沢山の機材、楽器に触れ、長年書きためていた曲についてもどのように仕上げたらいいのか、インスピレーションが次々に降りてくるという状態だったようです。また当時彼の所属するメジャーレーベル、ドリームワークスのスタッフも彼に理解を示し、メジャーレーベルからの出資が得られるのに、ヒット曲やラジオでのエアプレイにプレッシャーをかけなかったことも彼の満足する音を追求できたことに繋がったと思います。
また、NYでは主にバーでの曲作りをしていたことについてエリオットはこう語っています。
「のぞき見的な方法ではないんだ。他人の人生を立ち聞きするために街に出て曲を書こうとしたわけじゃない。それじゃ人食いみたいだよね。僕はただバーのホワイトノイズが好きなんだ。何かいつも起ってるっていうことだよね。でも、目を凝らしてそこにいるわけじゃない。」
Tomorrow Tomorrow の歌詞は、抽象的でディテールが欠けていて、聞いた人は自分で考えて歌詞を完成させる作業をやらなきゃいけないのかもしれません。Noiseってなんだろうとか、Tomorrowは明日や未来という意味以外になにかあるんだろうとか。もちろん特に意味なんて考えずにサウンドに集中してるだけでもいいかもしれないし・・・
ぱっと直観で感じることがこの曲の聞き方なのかもしれませんが、私なりに頭でもちょっと考えてみました。
歌詞で注目すべきなのは、XOの1曲目で「Sweet Adeline」で歌われたdeaf and dumb and done (何も聞こえない 話せない 終わってる)という歌詞がもう一度出てくるところでしょうか。「Tomorrow Tomorrow」ではそのあとに、give yourself another talk と歌われている。どちらの方向へ行けば良いのかわかっている理性的な自分(Everybody knows which way you go)と相容れない心の中の自分(no one wants to see you inside of me)とのコミュニケーションが表現されている。語り手はなんとかして答えを導こうとしようとした(the reflected sound of everything tried to go to where it led )。だが、それは困難だった(it didn’t lead to anything)音は否応なく現れてくる。今でなければ、未来はなくなってしまう。(the noise is coming out, and if it’s not out now, I know it’s just about to drown tomorrow out)
自伝的な見方では、当時のエリオットの心の中を説明しているのかもしれません。友人たちの仲介によるリハビリの提案を彼ははねのけて、音楽を作り続けるという自分の心の声に従った。それが不確かな未来を招く恐れがあろうとも。その声や音が「Noise」で、「Sound」は理性的な声(Sound という単語には「安全な、堅実な」という意味もある)という風にとれるかもしれません。もしくは、そういった理知的な声をノイズ(アルコールやドラッグなどで)で聞こえなくするという風にも聞こえるかもしれません。
それだけにとどまらず、私たちは人生において一体どの声に従って何を選択し、未来を作り出すのか。創造するというプロセスは一体どういったものなのかという普遍的なテーマも感じれるような気がします。
参考:33 1/3, XO by Matthew LeMay, 2009
おまけ:もしかしたら、Tomorrow TomorrowってタイトルNYブロードウェイミュージカルの「Annie」からとったりしてませんか、スミスさん?それとも、映画「風と共に去りぬ」の最後のセリフ「Tomorrow is another day」とか?
「シンガーソングライターっていう小さなレッテルを貼られることでうんざりしてしまうのは、そこに過度に感傷的で、歌詞でもって人を操っているというイメージがつきまとうことなんだ。あたかも歌い手がみんな自分と同じように感じさせようとしているかのように。
NYの写真を撮ったとして、ある人はそれを見てすごく気が滅入るとか恐ろしいと思うだろうし、違う人が見ればNYでやれる楽しいことを思い浮かべるというふうに大きな違いがある。僕は歌っていうのはそんなものだと思う。」
ボブ・ディランについては恥ずかしながら詳しく知らなくて、彼の膨大なカタログの中で、なぜエリオットがこの曲をXOツアー(98年)のセットリストに選んだのだろうかと思っていました。この曲は、ディランのベスト盤(71年)と、以前に彼のバックバンドをしていたザ・バンドが先駆けてリリースしたアルバム『Cahoots』(71年)に収められていています。現在まで沢山のアーティストにカバーされていますが、有名なのはグレイトフルデッドのジェリー・ガルシアのライブでのカバーでしょうか。細野晴臣のカバーも見つけて聞きましたが素晴らしかったです。
ディランの歌詞はこれまで何度か見直されているようなのですが、エリオットが歌っていたのはザ・バンドのバージョンです。NY時代に数か月ぶっ通しで聞いていたのは、ボブ・ディランとザ・バンドの『The Basement Tapes』で、実は『The Last Waltz』もお気に入りだったそうです。
また、近年ディラン自身もまたライブのレパートリーとして歌っているらしく、ニューヨークタイムズのインタビューでもこの曲について語っています。
「この曲は、古典の世界や、手が届かないものに関係していると思う。経験を超えて到達したい場所。あまりに崇高で一流なので、その高みから決して帰ってこられないもの。思いもよらないものを達成したこと。この曲が言おうとしたのはそういうことだ。」
聴く人によって解釈が変わってくるのがこの曲の面白さだと思うのですが、ネット上で見受られるのはアーティストのクリエイティビティについて歌われた曲ではないかという意見。なるほど、私がふと頭に浮かんだのは夏目漱石の『草枕』です(笑)。この小説も歌も本当に色々な味わい方ができるので、私の頭ではもう全然ついていけないくらいなんですけど・・・(汗)
『草枕』でも『マスターピース』でも、語り手である画家は絵を描くために旅に出かける。でも最後まで決して画家は絵は描かないんですよね。その代わりに言葉でもって何枚もの「絵(イメージ)」を意識的に描いている。漱石は、彼の好んだ中国の詩書画のような描写をしたし、ディランが見せてくれるのは、なんだか史実や神話をベースにしたユーモラスなローマや、皮肉めいたブリュッセルの様子。漱石もボブ・ディランももちろん絵を描くことが本業ではないから、作品の中で<絵>を『書く』または『歌う』ことを楽しんでいるようです。
また『マスターピース』では、吟遊詩人(ディラン自身?)が古代と現代の時空を旅をしているように思えます。「Train wheels runnin’ through the back of my memory」、「On a plane ride so bumpy that I almost cried」の部分はなんだかタイムマシンに乗ってるみたいです。様々な困難の後で語り手が願うのは、「everything is gonna be smooth like a rhapsody」。現代で使われている「rhapsody(狂詩曲)」と、その語源である古代ギリシャの吟誦詩人を指す「Rhapsode(ラプソード)」の二重の意味があるのではと推測します。
「But someday, everything is gonna be different When I paint that masterpiece.」で最後歌は締めくくられますが、傑作というのは長い歳月を経て初めて傑作という評価が得られるわけで、それが揺るがなくなったときに古典として存在し続けることができる。すべてのアーティストが目指す到達点といえるかもしれません。ディランがホメロスの「オデュッセイア」を最も影響を受けた文学の1つとして挙げているのも頷けます。
エリオットが『マスターピース』に関して言及しているインタビューはこれ以上見つからなかったのですが、きっとサウンドの絶妙さと想像力を掻きたてられるような歌詞にニヤッとしたのではないかと。この曲を聴くと、そんな彼の笑顔を私はイメージすることができるのです。