エリオット・スミス
本名Steven Paul Smith。1969年8月6日にネブラスカ州オマハに生まれる。医学生の父親と小学校の音楽教師だった母親はほどなくして離婚、母親と共にテキサス州ダンカンビルで暮らす。母方の家族はミュージシャンや教師などが多かったという。14才の時、実父であるGary Smith一家の住むオレゴン州ポートランドに移り住む。これは継父チャーリーとの不和や、保守的なテキサスの雰囲気が本人に合わなかったことが理由とされている。
リンカーンハイスクール時代、ヒートマイザーのドラマーとなるトニー・ラッシュと共に初めてのバンド「Stranger Than Fiction」で4トラックで録音した4本のカセットを残している。マサチューセッツ州にあるハンプシャーカレッジ進学後、クラスメイトのニール・ガスト(ギター・ボーカル)と初期ヒートマイザーを結成。大学では哲学と政治学を専攻、主にフェミニズムについて学ぶ。大学卒業後は地元ポートランドに戻り、トニー、ニール、ベーシストのブラント・ピーターソンと共にヒートマイザーで本格的に活動を始める。当時エリオットは音楽活動の合間にベーカリーや内装工事などで働いていた。
1994年、ヒートマイザーのマネージャーをしていた、当時のガールフレンドのJJゴンソンの自宅で録音された「Roman Candle」を、地元レーベルのCavity Search Recordsよりリリースする。また翌年には、Kill Rock Starsに移籍、セルフタイトル「Elliott Smith」をリリース。ヒートマイザー名義では、1993年にインディレーベルのFrontier Recordsより「Dear Air」、1994年に「Cop and Speeder」とEP「Yellow No.5」を発表していたが、ソロ活動を優先させるようになったエリオットとバンドメンバーの関係は緊張し、ヒートマイザーは、1996年にヴァージンの子会社レーベルであったCaroline Recordからの「Mic City Sons」がリリースを待たずに解散してしまう。このアルバムのプロデューサーがベックの「Mellow Gold」を手がけたロブ・シュナップフとティム・ロスロックで、エリオットとこの2人が中心となり制作されたのが、1997年に同じくKill Rock Starsよりリリースされた「Either/Or」である。批評家より絶賛されたこのアルバムにインスパイアされた映画監督のガス・ヴァン・サントは、彼の映画「Good Will Hunting」のサウンドトラックを依頼、その中の「Miss Misery」はアカデミー歌曲賞にノミネートされ、エリオットは1998年度の受賞式で同曲を演奏した。
1998年にはメジャーレーベルであるDream Worksに移籍し、アルバム「XO」を発表。コーラスワークがより際立ち、ホーンセクション、ストリングスなど多彩なアレンジを取り入れた作品となっている。この頃はNYに在住していたとされるが、1999年頃LAに移住。2000年には、生前に発表された最後の作品となる「Figure 8」を発表。さらに複雑なサウンドテクスチャーの構築に挑戦し、本人のトレードマークであるパーソナルでメランコリーな歌詞はより印象派的なものとして書かれ、今までとは違った作品を意図したものであることが伺える。この頃、患っていたうつ病に加え、ドラッグ依存症のためエリオットの状態は悪化し始める。
2001年から2002年の間はエリオットにとって一番ダークな時期である。ドラッグに蝕まれ、親しい友人との接触を断ち切っていたとされる。ジョン・ブライオンとレコーディングした相当量のテープをスクラップにしてしまい友人関係が破綻したのもこの頃である。
2002年末頃から、ビバリーヒルズのNeurotransmitter Restoration Centerにて治療を受け、ドラッグを断ち切ることに成功、2003年初めに行われたハリウッドのHenry Fond Theaterでコンサートを行う。以降、新作「From the Basement on the Hill」の制作に着手、New Monkey Studioの設立や、虐待を受けた子供たちを支援するチャリティー活動など精力的に活動していたが、2003年10月21日、LAの自宅で胸に二箇所の刺し傷を負い、死去。34歳の若さだった。自宅に残されていたポストイットのメモから自殺と推測されているが、現在も死因は特定されていない。
2004年には、エリオットの遺族の意向により、ロブ・シュナップフとエリオットの元ガールフレンドであったジョアンナ・ボルムのミックスで、2004年にAnti-Recordsより「From the Basement on the Hill」がリリースされた。また2007年にKill Rock RecordsよりB-sideのコンピレーション二枚組「New Moon」をエリオット・スミスの楽曲のアーキビストのラリー・クレーンのミックスでリリースされた。
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