Thursday 21 May 2020

ミザリーは誰?- Miss Misery

1997年に公開された映画『グッドウィルハンティング』のエンドロールになった『ミスミザリー』について書いてみます。当時とても話題になった映画ですが、キャストや脚本が秀逸で、サウンドトラックに4曲も提供されたエリオットスミスの音楽も映画に独特な陰影を与えてくれています。

エリオットスミスの音楽をこよなく愛する私ですが、実をいうと『ミスミザリー』は彼のアルバムの曲のように呆れるほど聞いたりしてないかもしれません。彼のアルバムには自分の好きじゃないことは一切やらないと首尾一貫としたコントロールが効いているのに対し、やはり映画のサントラには、彼の音楽自体に何ら妥協はなかったとしても、色々な意味で制約があったと思うので、なんとなく違和感のようなものを感じてしまうからかもしれません。

当時のMTVのインタビューで『ミス・ミザリー』について話してくれています。

インタビュアー:グッドウィルハンティングのサントラに参加するようになったいきさつを教えてくれる?
エリオット: ガス(ガス・ヴァン・サント監督)と知り合いだったんだ。彼も僕もポートランドに住んでて、彼も音楽をやってるし、宅録の話なんかをして。僕のレコードを何枚か持っててライブに来てくれたりしたんだ。それで彼の映画に僕の曲を使ったんだよ。

インタビュアー:じゃあ、曲を書く前に10回くらい映画を見たりしたの?

エリオット:いや、彼の家で初期のバージョンを見たんだよ。。。あ、しまった、とちった(苦笑)

インタビュー:気にしなくていいよ。じゃ、映画のどこかで「Miss Misery」のように感じたってこと?どういう意味があって映画とどう関係があるの?

エリオット:まあそんな感じだね、僕はおかしなナレーション調とか、映画をかいつまんだりしようとはしなかった。全体的な印象について書いたんだ。

ガス・ヴァン・サント監督はグッドウィルハンティングを撮っている間、エリオットの音楽ばかり聴いていたらしく、ポートランドに帰って編集作業をしているときエリオットに電話をかけたそうです。フィルムにはすでに数曲彼の曲が使用されていて、監督は自宅にエリオットを招いてそれを見せたところ、エリオットも曲の使用を承諾。監督と製作のミラマックス社がぜひオリジナル曲も欲しいとのことで、「ミス・ミザリー」が出来上がったそうです。

実はこの曲は、知ってる方もいるとは思いますが、完全な書下ろしの曲ではなく、初期バージョン(B-sideのコンピレーション二枚組「New Moon」に収録)が存在します。1997年初頭にポートランドにあるJackpot! (彼の友人ラリー・クレーンが所有するスタジオで、立ち上げには随分エリオットが手伝ったらしいです)で録音されており、グッドウィルハンティングバージョンは、『XO』録音の少し前、1997年後半くらいに同じくJackpot!で録音されたようです。

初期バージョンの歌詞も下にありますが、少し違うだけですが曲の印象は随分と違います。

『グッドウィルハンティング』バージョン

映画バージョンの歌の語り手は、「憂鬱や惨めさ=Miss Misery」に病んでいる 。自分を変えようとはせず、その痛みと共存する親密な関係を築き上げ(辛いことって寝ても覚めても自分のそばにいますもんね)、時にアルコールに頼っては感じることから逃げようとしたり、旅に出たりして忘れようとする。でも心のどこかではMiss Miseryから離れられない、離れたくないような気がする・・・という人間の抱える矛盾を描いています。映画の登場人物の心(とりわけロビン・ウィリアムズが演じるショーン)をとらえている気がします。映画が少し違った視点で見える気がしませんか?

『隣の部屋でテレビが壁に青い画面を映しだして・・・(Next door the tv’s flashing
Blue frames on the wall It’s a comedy of errors, you see It’s about taking a fall)』の部分は不可解なところです。"The Comedy of Errors"(間違いの喜劇)はシェイクスピアの戯曲の一つですがそれを引用しているのか、エリオットの当時の状況を自嘲的にcomedy of errorsと言っているのか、テレビという存在が人間の悲しみや憂鬱(blue frames)を滑稽に映し出しているのか・・・様々な解釈が成り立つと思います。

Oblivion(忘却)という言葉はエリオットの歌詞に何度か登場しているモチーフで、同じサントラの『No Name No.3』にも出てきます。曲と曲が有機的につながっているようです。どうやらこの言葉は、アイルランドの作家、Samuel Beckett の小説『Watt』からのインスパイアされているらしいです。


初期バージョン(タイトルなし)

こちらのバージョンは、どちらかというと恋人との別れを感じさせる歌です。Comedy of errorsの代わりにcomedy from 70'sとあって何を引用しているか全くわかりません。『海が出来るほど泣いた(I cried a sea)』の部分は、男のくせにどんだけ泣くねんと突っ込みたくなりますが、Julie London の『Cry me a river』という歌に更に輪をかけて許しを請う、グッドウィルハンティングバージョンよりエリオット本人を感じさせる歌になっているようです。




意味深なラストーどうして駐禁切られそうなメーターにコイン入れてるの?

Miss Misery

I’ll fake it through the day
With some help from johnny walker red
Send the poison rain down the drain
To put bad thoughts in my head
Two tickets torn in half
And a lot of nothing to do
Do you miss me, miss misery
Like you say you do?
ジョニーウォーカーレッドに頼って
僕は一日をやり過ごす
毒された雨を流し込んで
良からぬ思いを巡らして
半分に引き裂かれた二枚のチケットと
何もやることがなくなったこと
僕に会いたいかい、ミス・ミザリー
君が言うように

A man in the park
Read the lines in my hand
Told me I’m strong
Hardly ever wrong I said man you mean
公園にいた男が
僕の手相を読むと
僕は強くて
道を誤ったりしないだろうと言う
本気なのかと僕は答えた

You had plans for both of us
That involved a trip out of town
To a place I’ve seen in a magazine
That you left lying around
I don’t have you with me but
I keep a good attitude
Do you miss me, miss misery
Like you say you do?
君には僕たち二人の計画があったんだ
街を出ていく旅のこと
君が残していった雑誌で見た場所へ
君はいないけれど
僕は前を向いているよ
僕が恋しいかい、ミス・ミザリー
君が言うように

I know you’d rather see me gone
Than to see me the way that I am
But I am in the life anyway
ありのままの僕を見るくらいなら
いっそ僕がいなくなったほうがいいんだろう
だけどなんとか僕は生きているんだ

Next door the tv’s flashing
Blue frames on the wall
It’s a comedy of errors, you see
It’s about taking a fall
To vanish into oblivion
Is easy to do
And I try to be but you know me
I come back when you want me to
Do you miss me miss misery
Like you say you do?
隣の部屋ではテレビの光が
壁に青い画面を映しだしている
間違いの喜劇だよ、そうさ
わざと罰を受けることについての
忘れ去ってしまうことなんて
簡単なこと
僕はそうしようとするんだ でも僕のことお見通しだろう
僕を求めるなら戻ってくるよ
僕に会いたいかい、ミス・ミザリー
君が言うように

 \


Early version (No title )

I’ll fake it through the day
With some help from Johnny Walker Red
And the cold pain behind my eyes
That shoots back through my head
With two tickets torn in half
In a lot with nothing to do
But it’s all right, because some enchanted night
I’ll be with you

ジョニーウォーカーレッドに頼って
僕は一日をやり過ごす
目の奥の冷たい痛みが
すかさず頭を突き刺すんだ
半分に引き裂かれた二枚のチケットと
たくさんの僕と関係のないこと
でも、いいさ、そのうち魅せられるような夜が来て
君に会える

Tarot cards and the lines in my hand
Tell me I’m wrong, but they’re untrue

タロットカードや手相では
僕は間違っているという、でもそれはでたらめだ 

I got plans for both of us
That involve a trip out of town
To a place I’ve seen in a magazine
That you left lying around
I can’t hold my liquor but
I keep a good attitude
Because it’s all right, some enchanted night
I’ll be with you

僕には二人の計画があったんだ
街を出ていく旅のこと
君が残していった雑誌で見た場所へ
僕は酒に飲まれてるけど
前は向いているよ
大丈夫だから、いつか魅せられるような夜が来て
君といられる

And though you’d rather see me gone
Then to see there come the day
I’ll be waiting for you anyway

君は僕が消えてしまい、
そこでその日がやって来るほうがいいんだろうけれど
とにかく僕は君を待っているよ

Next door, the TV’s flashing
Blue frames on the wall
Its a comedy from the seventies
With a lead no one recalls
He vanished into oblivion
It’s easy to do
And I cried a sea when you talked to me
The day you said we were through
But it’s all right, some enchanted night
I’ll be with you

隣の部屋ではテレビの光が
壁に青い画面を映しだしている
それは70年代のコメディー
誰も主役のことを思い出せない
彼は忘れ去られてしまった
簡単なことさ
君が僕と話をした日、海が出来るほど泣いたんだ
君が僕たちはもう終わりだといった日に
でもいいさ、そのうち魅せられるような夜が来て
君に会える






2 comments:

  1. 良くも悪くも本人の人生を一変させるきっかけになった曲ですね……
    ライブでもあまり好んでやらなかったようで当時の複雑な心境が窺えます
    映画の後半でこの曲が流れ出すシーンは心に残っています。エリオットの曲は映画を細やかな彩りを加えてくれますね

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    1. お久しぶりです!お元気ですか?コメントありがとうございます。本当にその通りですよね。オスカー絡みでこの曲は書き下ろしじゃないって正直に言えない上からのプレッシャーがあったらしいので辛かっただろうと思います。この曲が最後に流れるからこそ、この主人公はこれからどうなるんだろうって色々想像できるような気がしますよね。

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