Friday 22 February 2019

意図されたオープニング曲 Speed Trials


当時のガールフレンドの家のベースメントで近所迷惑にならないようにレコーディングしたらこんな音になっちゃいました。
 
レコーディング:March-May 1996 (Bolme Residence, Portland, OR - Either/Or Sessions)

『イーザー/オア(Either/Or)』の1曲目『Speed Trials』、なんかわからん!、このドラムなんやねん!と突っ込みたくなった方いらっしゃいますか。私はそうでした。『Either/Or』は哲学者キルケゴールの同名の著書から取ったタイトルですが、どうしてエリオットはこのタイトルにしたのか、この曲に鍵が隠されています。

1.Sad song or happy song?

『Speed Trials』の曲については、マサチューセッツ大学の音楽理論のウェブマガジンの中で詳しい記事があります。(ここでも私の音楽の専門知識の足りなさが悲しいのですが)この記事の中で、オルタナティブ・ロックのピアノアレンジを手がけるChristopher O'Rileyというクラシックピアニストのコメントが出てきます。

「まず一つに、エリオットの歌詞と音楽の中には「Ambiguity(訳注:アンビギュイティ、様々な解釈を可能にさせ曖昧にすること)」があり、『Speed Trials』ではそれが顕著です。ハッピーな歌なのか悲しい曲なのかの感じがないのです。例えば、彼がしたように僕がオープニングを弾くと(例1a)、それはEマイナー(例1b)ーこれだと悲しい感じですが、もしくはCメジャー(例1c)かもしれない。よくわからないんです。しばらくの間この状態を彼は保っているのです。」

(例1a,b,c)の音声サンプルはリンク先の楽譜の部分をクリックすると聞くことができます。

歌が始まってからも、Cメジャーのようでありながら、時折影のようにEマイナーが明瞭に出てくる。これら2つの階調の主音(トニック)が曖昧であることから、曲調が定まらず、この2つ主音の間で「tension(葛藤、緊張)」が表現されているこのせめぎ合いこそ『Either/Or(あれか、これか)』のテーマではないでしょうか?

2. キルケゴール「あれか、これか」と歌詞

実存主義の先駆けといわれる哲学者キルケゴールが1843年に著した哲学書で、エリオットは大学を卒業してからこの本を読んだとインタビューで語っています。前後二部で構成され、第一部では美的な生活を追求するAの手記、第二部では倫理的な生活を送ったBの手記が対比的に示されており、人生における二者択一を迫られる必要性について述べられています。(私はもちろん読んでません!)

そのことを念頭において歌詞をよく見ていると、スピードトライアルの歌詞が2つの相反するもの、矛盾するもので構成され、ここにも「tension」が表現されているのがわかります。
cathedral with the glass stained black 
黒いステンドグラスのある大聖堂
sweet high notes / to destroy their master
甘いハイノート / 支配者を滅ぼす
sure as fate / hard as your luck 
運命の様に確実 / 幸運のように得難い
running speed trials/ still standing in place 
スピード試行を走り続ける / その場に留まりながら
something you come back running to / to follow the path of no resistance 
駆け戻ってくる / 抵抗できない道を進むために
など

文学的な引用も気になります。エリオットならではの言葉遊びなのかもしれません。


例えば、歌詞1行目の「horse」という語が登場しますが、聖書では馬は戦い、力、スピードなどを象徴します。「Running speed trials still standing in place」の歌詞はもしかしたらルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」に出てくる赤の女王のセリフ「同じ場所に留まるためには,力の限り走らねばならぬit takes all the running you can do, to keep in the same place」という言葉にインスパイアされているかもしれません

もちろん直接的には「スピード」の表現があり、ドラッグのイメージに繋がります。

そして曲の最後の歌詞は「いたるところでスピードトライアルを走っている(Running speed trials all over the place)」で締めくくられます。同じ場所に留まっていたのに、この部分何かが動き出したような感じを受けますが、語り手は何かを選択したのかどうかは曖昧なまま、解釈は聞き手に委ねられています。

3. プロダクションにおける「あれか、これか」

また、プロダクションにおいてもローファイ寄りではあるものの、前2作よりもサウンド的に大きくなっていますよね。1曲目の『スピードトライアル』ではすごくローファイな音で幕が開け、(徐々にクリアで、洗練された音に変わっていくような気がします。)ソングライティング、アレンジ、演奏の巧みさを決して誇示することなく捉えた音作りになっていると思います。

ミキシングを担当したロブ・シュナッフはこう振り返っています。
「僕たちはもっとハーモニーとメロディをもっと豊かにしたプロダクションを実現させることだって出来たはずだった。でも、彼はまだそうしようとしなかったんだ。」「素晴らしい独創的なレコードだけれど、彼にとってはスタジオでのメロディの可能性を模索するための足掛かりだったんだ。卓越した曲作りがそれ自体引き立っているーそれがスタジオで作り上げられるものであろうと、ギターとボーカルだけで成り立つものであろうと。彼が『スピードトライアル』を4トラックカセットで録音して、この曲を編集するべきかどうか話しあったことがあった。彼は心配したのは技術的なことで、ローファイすぎるんじゃないかということだった。僕は言ったんだ。「ローファイとかハイファイということじゃない。そのままで十分伝わっているじゃないか。手を加えたくなんかないだろう。」

『イーザー/オア(Either/Or)』が未だに愛され続けているのは、アルバムの12曲の中にエリオットの全ての創造的な試みが凝縮されているに他ならないと思います。彼の人生における「あれか、これか」の葛藤をこのアルバムに込めたのかもしれませんね。

Speed Trials
スピードトライアル

He’s pleased to meet you underneath the horse

In the cathedral with the glass stained black
Singing sweet high notes that echo back
To destroy their master
May be a long time til you get the call-up
But it’s sure as fate and hard as your luck
No one’ll know where you are
彼は馬の元にいる君に会えるのを喜んでいる
黒いステンドグラスのある大聖堂の中で
甘いハイノートの歌声が跳ね返り
彼らの支配者を滅ぼすために
呼び出されるまで時間がかかるかもしれない
でもそれは運命のように確かで幸運のように得難い
君がどこにいるか誰一人として知らない

It’s just a brief smile crossing your face
Running speed trials still standing in place
それはただ君の顔を横切る束の間の微笑み
同じ場所にとどまりながらスピードトライアルを走っている

When the socket’s not a shock enough
You little child, what makes you think you’re tough
When all the people you think you’re above
They all know what’s the matter
You’re such a pinball yeah you know it’s true
There’s always something you come back running to
To follow the path of no resistance
コンセントでは衝撃が足りない時、
坊や、どうやったら自分がタフだと思えるんだい
君が格上だと思う全ての人なら
何が問題なのか知っている
君はまるでピンボールみたいだ、その通りだろう
逆らうことが出来ない道を進むために
駆け戻ってくる何かがいつもある

It’s just a brief smile crossing your face
Running speed trials standing in place
It’s just a brief smile crossing your face
Running speed trials all over the place
それはただ君の顔を横切る束の間の微笑み
同じ場所にとどまりながらスピードトライアルを走っている
それはただ君の顔を横切る束の間の微笑み
いたるところでスピードトライアルを走っている

2 comments:

  1. Either/orは最初聴いたときは前作と比較しても随分とローファイさを強調したサウンドだと感じました。
    Christopher O'Rileyさんはエリオットのトリビュートアルバムを出してますよね。数あるトリビュートの中でも選曲含めて良い出来だと感じました。
    RobさんのコメントはPink Moonをレコーディングした時のNick Drakeのコメントを思い出させます。
    一聴してシンプルに聴こえても、実は複雑なのがエリオットの音楽の魅力の一つだと感じます

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    1. Minnminn さん、コメント有難うございます!確かに、「徐々にクリアで洗練」は違いますねぇ。もうちょっといい表現ないか考えます!

      Christopher O'Riley氏、エリオットやレディオヘッドのトリビュート出してることは知っていたのですが、正直ちゃんと聞いていませんでした。クラシックも結構好きなのでぜひ聞いてみます。

      私も同感です。始めはスッと入ったのに、どんどん深い沼にはまって周りの景色が全部変わっちゃうくらいの威力ありますよね。

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