Saturday 7 August 2021

Unlucky Charm-未発表曲ライブ

 live performance on May 15, 1997 at EJ’s in Portland, OR


Either/Or 時代に戻ってしまうのですが、未発表の隠れ隠れ隠れ名曲のライブの歌詞を訳してみました。2002年にもライブで歌われた記録があり、エリオットの頭の中を時折ウロウロしていた曲だったかと思われます。


Unlucky Charm (Come Out Now) 

My flower would not unfold
Always waiting for some sunnier day
Quiet and patient, but afraid and hidden away
And the awful truth’s been told, matter of fact
And I can’t take it back and I wouldn’t want to
Or at least that’s what I say
Will you come out now?
Now that it’s too late for me to be in on the scene
I hurt you bad, but you know you’re a dream
Do you want success, oh yeah
Through somebody else, oh no, no, no, no
So start over, it’s been a time since you’ve had to
Do you got your own thing? 
Yeah, what you want to do for now
Stop taking everything back
It confronts you just lying down
Will you come out now?
Who would you do it for
Unlucky charm, beautiful collapsing star?
Who would it be?
Why wasn’t it me?

僕の花は開くことがなかった
いつだってもっと晴れてくれる日を待っていたんだ
慌てず騒がず、でも臆病で人目につかぬよう
そして最悪な事実が当たり前のように告げられ
僕はそれをなかったことにできない、したくもないんだ
少なくともそうとしか言えない
今更さらけ出せるのか?
もう僕がその場に戻るには遅すぎるんだ
君をひどく傷つけてしまった でも君こそが夢だってこと知っている
君は成功を望んているのかい、そうだね
誰かのつてを使ってでも、ああ、それはできない
じゃあ、やりなおしだ 今までもずっとそうだった
やりたいことがある?
ああ、今のところは
全てを取り戻そうとすることは止めた
それはただ泣き寝入りする君を見るだけだ
今更さらけ出せるのか?
誰の為にやるんだろう?
不運のお守り、 美しく砕け散る星?
それは誰なんだろう?
何故僕ではなかったんだろう?

Sunday 25 July 2021

エリオットとカバーソング (6) Blackbird, The Beatles

深淵なる親子の絆

エリオットの父親であるゲイリー・スミスのインタビューです。エリオットが14才の時に参加した地元のタレントショーについて語っています。

「タレントショーがあった大きな教会は人で一杯だった。色々な参加者がいてその一人はタップダンサーで、「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」(注:1940年代に作られた戦争プロパガンダ映画)を星条旗カラーのコスチュームを着て踊ったんだ。エリオットは「ブラックバード」を演奏して、僕はあっけにとられたよ、もしかしたらそう思っているのは僕だけかなと思ったんだけど、演奏が終わった後、静かな間があって、そのあと暖かい拍手が会場に広がったんだ。その時初めて、ああ、これが息子の行く道なのかなって」

彼はビールのボトルを置いた。

で、その話のオチっていうのが」

ーそのときにはエリオットはくすくす笑い出していたー

「全国大会への出場者は「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」のタップダンスを踊った人が選出された。それがそういうことの始まりで、」

彼は全部まで言わなかった、なぜなら親子は大声で馬鹿笑いしていたから、そして言わなくても明らかだった。それは、どうも賞とは無縁だということの始まりであり、だからといって「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」の路線で行きたいかというと、そうではないらしいということだ。

「エリオットはあちこちで方向転換して、袋小路に飛び込むかもしれない」

父は息子のギターをストロークしながら言った。

「でも彼は自分を貫くこと、高潔さを守ることを知っている。物静かだが、彼は芯から強い」         

Sunday 18 July 2021

エリオット・スミス プレイリスト(14) - I Second That Emotion - Smokey Robinson & The Miracles

僕は『Elliott Smith ( セルフタイトル)』のレコードを量産することに興味なんてない。もし『I Second That Emotion』みたいな普遍的で親しみやすい曲が書けたら本当に嬉しいよ。大博打を打つってことだよね、万人に受け入れられつつ人間的な何を創るっていうのは。

Elliott SmithHe's MrDyingly Sad, And You're Mystifyingly Glad By RJ Smith.より引用。

Wednesday 7 July 2021

さまよう過去の自分との対話 - Pitseleh

お久しぶりです。様々な諸事情からずっとお休みしていました。にもかかわらず、このブログを訪ねてくれる人がいたこと、本当に心からありがとうございます。エリオットの音楽はもちろんのこと、このブログのことについてもずっと考えは巡らしていて、また少し再開できるのは嬉しい限りです。

引き続きXOからの曲でPitselehを取り上げたいと思います。今回は、いつもと違って自分の過去の体験を踏まえてこの曲を味わってみたいと思います。解釈の一つと思って頂ければ幸いです。

Pitselehの意味

Pitselehはイディッシュ語で「little one(かわいいひと・子ども)」を意味し、恋人や子供に愛情をこめて呼ぶときに使われるそうです。他にも英語では、honey とか、sweetieとか色々ありますよね。ヒートマイザー時代のガールフレンド(JJゴンソン)の父親が彼女をそう呼んでいたらしく、エリオットもJJに対して使っていたそうです。というわけで、この曲はその彼女、もしくは他の過去の恋愛/友人関係にインスパイアされてできた曲、という見方ができます。自分を愛してくれる人達へ彼自身の正直な気持ちを伝えているようです。彼らが思う「本当の僕」に恋をしても、僕が知っている「本当の僕」は愛する人を傷つけ、苦しめることしかできない、という複雑な感情が音で伝わります。「But no one deserves it」のところで聞こえるピアノはこのアルバムのハイライトですよね。でもこの歌から聞こえてくるのはそれだけじゃない。

Pitselehは、誰への呼びかけ?

それでは、歌詞に出てくる「The silent kid is looking down the barrel」のsilent kid(kid ってけっこうエリオットの歌詞に出てきます)って誰なんだろう?って考えてみます。エリオット自身を投影しつつ、私には両親の離婚や不仲で翻弄され、本来の子供時代を送れず彷徨っているインナーチャイルドへの呼びかけのような気がします。その子供たちは「声」を持つことができなかった。Looking down the barrel ( of a gun) というのはイディオムで、銃口を覗き込んでいる=起こって欲しくない危険(ここではおそらく死の危険)が迫っていることを示唆するそうです。silent, noise, quietの対比が緊張感を高めています。そして現在の自分がインナーチャイルドに対して、足りないものを埋められるパズルのピースにはなれなかった怒りや自責の念といった感情を伝えています。

個人的な体験になるのですが、彼の音楽を聴くとき思い出す人がいます。とはいっても会ったこともないのですが。

今から約20年程前に、カナダに短期間のホームステイをしたことがあります。そこでお世話になったのは、あるご夫婦とその子供4人のうちの2人が一緒に住んでいた家で、あとの2人の子供は独立していました。ある日、独立して近所に住んでいた娘さんがやってきて、家族アルバムを見せてくれました。彼女が言うには、本当は5人兄弟だったらしく、家族写真には「3番目の兄」がいて、彼だけが違う母親から生まれてきた子どもだったのと。私が「今彼はどこに住んでるの」と聞いたら、彼女は「彼は随分前に自殺したのよ」と教えてくれました。

私はすごくショックでした。その家族は仲が良くて、週末には独立していた子ども2人もよく遊びに来ていたし、ご夫婦は面倒見の良い、とても優しい方たちだったからです。ただ、その自殺をした彼を思ったとき、それはどのような苦しみだったのだろうかー自分だけ母親が違うことで自分はその家族に完全に属していないのではないか、生まれてきたこと自体が間違いではなかったんだろうかという自分の存在意義への否定ーそのような疎外感について考えざるを得ませんでした。   

エリオットの歌詞によく出てくる「half」という言葉は、そのことを私に深く感じさせます。実母の家でも、実父の家でも、再婚後の家庭がそれぞれあったエリオットはやりにくかっただろうなと思います。

そしてPitselehを聴くとき、私はこの出会ったこともないカナダのステイ先の「3番目の兄」のことを思い出してしまうのです。

また、PitselehはCondor Ave. と並んでライブでの演奏をよく渋った曲で、2003年のHenry Fonda Theatreでは、観客からのリクエストにこうコメントしています。

Pitselehは、長くて退屈だ、、、僕的にはね。歌詞ありきの歌なんだよね。言葉に引っ張られる歌が間違ってるなんてことは全くないんだけど、でもPitselehは僕にはつまらないって感じなんだよ。 

たとえ彼がそう言ったとしても、Pitselehの歌詞ってどこを取り出してもすごく印象的で切なくて、深く胸に突き刺さる歌詞だと思います。


Pitseleh 

I’ll tell you why I don’t want to know where you are

I got a joke I’ve been dying to tell you

The silent kid is looking down the barrel
To make the noise that I kept so quiet
I kept it from you, pitseleh
I’m not what’s missing from your life now
I could never be the puzzle pieces
They say that god makes problems just to see what you can stand
Before you do as the devil pleases
And give up the thing you love
But no one deserves it
The first time I saw you, I knew it would never last
I’m not half what I wish I was
I’m so angry, I don’t think it’ll ever pass
And I was bad news for you, just because
I never meant to hurt you



僕がどうして君の居場所を知りたくないかっていうと
君に言いたくてたまらないジョークがあるからなんだ
もの言わぬ子供が音を出そうと銃身を覗き込んでる その音は僕がそっと取っておいたんだ
君から隠しておいたよ、pitseleh 

今となっては僕は君の人生に欠けているものなんかじゃない
パズルのピースにはなれやしなかった
神様は何に耐えられるかを見るためだけに試練を与えるという
悪魔がほくそ笑むようなことを君がやってしまうまえに
そして君が愛するものをあきらめるまえに

でもだれもそんな仕打ちに値しやしない

初めて君を見たとき 長くは続かないとわかっていた
僕は理想の僕の半分でさえない
ものすごく腹が立っているんだ 消え去ることなんてない
君にとって僕は悪い知らせだっただけで
君を傷つけるつもりなんてこれっぽっちもなかったんだ

Saturday 6 February 2021

エリオット・スミス プレイリスト(13) - Back in Black / AC/DC

 

この世代のアメリカのロック少年たちはハードロックから入る。パンクはもう少しあと。。。

バンドをやってみたいと思ったレコードは?

自分のお金で買った初めてのレコードはキッスの『アライブII』。それが関係してるかはわからないなぁ。そうかもね。いやもっとあるよ。キッス、ビートルズ、マイナースレット。道のりを引き返すって難しいね。ギターを始めたのは12歳のとき。その頃僕と僕の友達だけでゴスペルソングを弾こうとかしてたんだーアメイジング・グレースとかね。でもAC/DCのバック・イン・ブラックみたいなのも練習していたよ。


Saturday 23 January 2021

エリオットとポートランドのポートレート - Lucky Three(1997)

ご存じの通り、エリオットが生前残したオフィシャルなミュージックビデオやインタビュー映像は多く残されていませんが、その中でも『Lucky Three』(1997年)と『Strange Parallel』(1998年)の2本は、当時の彼を知ることができる貴重な作品になっていると思います。両者とも、ドキュメンタリーというには情報が少ないし、MVとも呼べないような内容で手作り感にあふれているのですが、彼ってどんな人だったんだろう?って思ったときにはこの2本を見ることはすごく役に立つのではないでしょうか。今回は Either/Or時代のLucky Threeについて書いてみます。

 

ジェム・コーエンさん撮っててくれて本当にありがとう。


Lucky Three

1997年/11分/16mmフィルム

監督 ジェム・コーエン

フガジの1987年から10年間にわたる軌跡を記録した傑作ドキュメンタリー『Instrument』で知られる映画監督ジェム・コーエンによるショートフィルム。あくまでパンクのDIY精神に則った作風。撮影は1996年10月17日から20日にポートランドで行われ、収録曲は3曲(Between the Bars, Thirteen, Angeles)と、冒頭とラストにBaby Britainのアコースティック音源が使われています。

また当時のポートランドのランドスケープの映像もなかなか魅力的です。

Lovejoy Columnsのシーン 1927年から99年にかけて使用された高架橋で、柱はギリシャ移民であったTom Stefopoulosという鉄道会社の警備員が仕事の合間に描いたもので、ごく初期の"グラフィティ"といわれている。ガス・ヴァン・サント監督作の「ドラッグストア・カウボーイ」にも出てきます。現在は高架橋は取り壊されているが、柱は地元の有志達の尽力で一部保存されています。

Ladd's Addition Gardens ポートランド最古の計画住宅地であるLadd's Additionが有するローズガーデン。ESはこの地区に住んでいたそう。ポートランドの別名は「バラの街」というくらいバラに力を入れている。

橋、橋、橋... どれがどの橋なのかいまいちわからなかったのですが、ポートランドの別名は「橋の街」というくらい橋が多いらしい。

Sheridan Fruit Co.というグロッサリー(看板の下で彼がビニール袋をぶら下げている)ここでよく買い物してたんでしょうか。2021年時点でも営業中。

雨、水たまり、ガラスに流れる雨粒... あ、ポートランドは雨の日が多くて、別名「雨の街」ともいわれているんですよね。そしてもう一つの別名は「ヒッピーの街」(どんだけ)

曲が撮影された場所は、

Between the Bars  - 自宅のバスルーム、よく見ると洗面所とトイレが見える?静かだったからそこで撮ったらしい。

Thirteen  - かつてヒートマイザーが練習していた地下室。「Rock is King」のポスター!

Angeles - 自宅のリビングルーム 

全てワンテイクのライブ録音とのこと。

また、MTV "Indie Outing"でのJaneane Garofaloとのインタビューでは、エリオットがこのビデオについて少し話してくれています。

「彼(Jem Cohen)はちょっとした音楽のドキュメンタリーみたいなものを作りたかったんだ。MVやドキュメンタリーのどちらとも言えないような。ポートランドに数日滞在してその辺を歩いていたり、数曲演奏してる僕なんかを撮影してくれたよ。」

エリオットにとっては、当時フガジを撮ってた彼がわざわざポートランドに彼を撮りに来てくれたなんて相当嬉しかったんじゃないかなぁと思うんですけどね。

一方、寡黙なジェム・コーエン監督はこのフィルムについて、

「飾らない最高のミュージシャン、これが僕が思い出すときのエリオットなんだ」

とコメントしています。

ラストシーンはテープを逆回転しているようで、水たまりから傘のようなものが出てきてエリオットが掴むシーンで終わるのですが、チャップリンの無声映画「Between the Showers」がインスピレーションかもという意見をネットで見つけました。タイトルからするとあり得るかもしれませんね。


Tuesday 5 January 2021

<番外編>あまりエリオットスミスでないプレイリスト

すっごく番外編です。

このブログでは、今までほぼエリオット・スミスについてのことばかり書いてきたので、今回は違うことをやってみようと思いました。

私は編み物が好きなんですけど、その作業用として出来るだけエリオット・スミスに近づかない(少ししてるかな?)しないプレイリストを作ってみました。

若い時に聴いたものや、最近のものなどごちゃまぜの1時間です。声が好きとか、メロディが好きとか、演奏が好きっていう感じの選曲です。学生のときはよく好きな音楽をテープに入れて友達にあげたなぁ(迷惑だったか。。。)

今年もたくさん音楽に助けられると思います。

Saturday 26 December 2020

エリオット・スミス プレイリスト(12) Rocks Off / The Rolling Stones

プレイリストはいつの世も不滅です。

私たちはいつもお互いミックステープを作っていたの。彼、私と友人二人でパーティに行くので、みんなミックステープを作ろうという約束をしたんだけど、4つのテープ全部にローリングストーンズの『Rocks Off』が入っていた。それでエリオットががかかるたびにRocks Off!に続けて自分たちが運転している街の名前を叫ばなきゃいけないってことにしたのーRocks off, デラウェア!とかRocks off, ニューアーク!とかね。

NY時代のルームメイト、Dorian Garryの思い出。私も「Exile on Main St.」はよく聞いた1枚です。

Thursday 24 December 2020

記憶と現在をつなぐ像 - Waltz #2 (XO)

Elliott performing on Saturday Night Live in 1998. from r/elliottsmith  
歌のタイトルをクリックしてください。エリオット、ジョン・ブライオン、サム・クームス、ロブ・シュナッフ、The Decemberists のジョン・モーエンという珍しいラインナップ。
今回はエリオット・スミスのもう一つの代表曲であるワルツ#2についてもう少し掘り下げてみようと思います。アメリカのメディアではこの曲が『ビトウィーン・ザ・バーズ』と並んでエリオットのベストソングだと取り上げられることが多い気がします。私にとっては数年ひっかかっていた曲でした。「何故、彼はこの曲を書いたんだろう?」と。

一般的には、この曲はエリオットと実母、そして虐待を受けたかもしれないといわれる継父との関係を歌った自伝的要素の強い作品だと認識されていると思います。カラオケバーで繰り広げられる曲のやりとりから示唆される家庭の機能不全、重苦しい幼少時代を過ごしたテキサスを去った今でも忘れられない母の面影、もう母親を知ることはないけれどどうにか愛していくつもりだと手紙にしたためるように歌う、そんな曲であると。

この歌には様々な感情が呼び起こされるといいます。母への思慕、家を飛び出したことへの罪の意識、継父への怒り、困惑など・・・

もちろん、リリースされた当時、ワルツ#2をそう解釈されることなど彼には容易に想像できたと思うのですが、本当はもっと奥深い意図があったのではないかと思います(というよりかストレートすぎる曲は本人にとって退屈だっただけかもしれませんが)

エリオットの発言をたどれば、彼の曲というのは特定の事象について書いているわけではなく、自身の体験(experience) と観察(observation) から成り立つなんらかの構造(structure)を持っているものであり、レコードや文章といったフィルターを通して、人々の内面、たとえば混沌や欠落などを表現し、結果として他人と共有できる一種の夢を紡げるようなものであってほしいと。難しいからこそ、今までも多くの人が何度も試みてきたことなんだと語っています。また書き終えて初めて自分も「ああ、こういうことについての曲なんだ」と気づくとも(歌詞の赤字のところは初期の歌詞になるので比べてみるのも興味深いです。)エリオットと生前近い存在だった妹のアシュレイ(実母と継父の娘)は、「兄は、聞く人が意味を感じてくれることはどんなことでもそのとおりに受け取って欲しいんだよ、言っていました。」とインタビューで語っています。

そう考えると、ワルツ#2という曲はますます自伝的なものに限定されていないような気がしてきます。


語り手が見ているもの


まず、この歌詞をよく聞いても、いまいち語り手がどのシチュエーションにいるのかわかりません。

ー 前述のように語り手、母親、継父との歌のやりとりをカラオケバー語り手が見ているようでもあるし、
ー 語り手はパフォーマーとして、ある女性とそのパートナーをステージ上で見つけ眺めているようでもある

語り手自身が見ている夢の中の断片みたいな感じもしますよね。


2つの導入曲


カラオケソングのように導入される比喩的な2曲があります。こちらも誰が誰に対して歌っているのか特定しきれない(色々な視点を試すと面白いです。例:継父らしい男→語り手、語り手→母親など)

初めの曲は1960年のエヴァリーブラザーズのヒット曲『Cathy's Clown』という曲で歌詞はこんな感じです。
Don't want your love anymore
Don't want your kisses, that's for sure
I die each time I hear this sound
Here he comes, that's Cathy's clown
I gotta stand tall
You know a man can't crawl
When he knows you're tellin' lies and he hears 'em passing by
He's not a man at all
When you see me shed a tear
And you know that it's sincere
Don't you think it's kinda sad that you're treating me so bad
Or don't you even care?
あなたの愛はもういらない
あなたのキスはいらない、間違いないよ
この音を聞くたびに僕は死にたくなる
また奴が来た、あれはキャシーの道化師

僕は堂々としていなくては
男がへつらっているわけにはいかないんだ
君が嘘をついているのを知りながら奴らが通りすぎるのを聞いたら
男ではいられなくなる

あなたは僕が涙を流したのを見た時
それが心からだと知っていながら
僕にひどい仕打ちをするなんて悲しくないのか
それとも気にもとめていないのか?
もう一曲は、リンダ・ロンシュタットのカバーで有名な『You’re No Good』。カラオケで歌うとスッキリしそうな歌詞です。
Feeling better now that we're through
Feeling better 'cause I'm over you
I learned my lesson, it left a scar
Now I see how you really are

You're no good
You're no good
You're no good
Baby you're no good

I broke a heart that's gentle and true
Well I broke a heart over someone like you
I'll beg his forgiveness on bended knee
I wouldn't blame him if he said to me

You're no good
You're no good
You're no good
Baby you're no good

I'm telling you now baby and I'm going my way
Forget about you baby 'cause I'm leaving to stay
気持ちが良くなったわ もう私たちは終わったから
気持ちがすっきりしたわ もう吹っ切れたから
私は学んだの  傷ついたけれど
今の私はあなたという人がわかる
あなたは酷い人よ
あなたは酷い人よ
あなたは酷い人よ
ベイビー 全然いい人じゃないわ

優しくて誠実な人の心を台無しにしたの
あなたみたいな人のために
ひざまずいて彼に許してもらおうと思うわ
彼に言われても私は責められない

あなたは酷い人よ
あなたは酷い人よ
あなたは酷い人よ
ベイビー 全然いい人じゃないわ
あなたに教えてあげる
私は自分の道を行くわ
あなたを忘れるの
私はここから去っていく

 

 曲中の女性のポートレート


『彼女は落ち着き払っているように見える、実際そうなんだろう/誰がはっきりわかるというのだろう?/彼女は何の感情も示さず/冷たいチャイナドールのようにぼんやりと前を見つめている』
この描写ですが、私が想像するに語り手は今眺めている女性の中に、母親の姿(like a dead china doll/冷たいチャイナドール)を見出してしているような気がします。その女性と母親は鏡像関係にあり、過去と現在を繋いでいる。語り手は継父の存在があったことで、距離を置いたところからしか母親を愛することが許されなかった事実が、大人になっても自身と人との繋がりに強い影響を与え続け、時に同じような状況を作りだしてしまう。(I’m tired/looking out on the substitute scene疲れてしまったんだ/身代わりの場面に向き合うのは)


 聞き覚えのある名前

they’re calling someone/such a familiar name(誰かが呼ばれている/聞き覚えのある名前で)とあるのは、語り手の家族から呼ばれていた名前(familial name)かもしれないし、現在呼ばれている名前(familiar name)かもしれない。いずれにせよ、I’m so glad that my memory’s remote(記憶が薄れていくのが嬉しい)と歌うことで語り手はその場を離れ、聞き手は自身の過去の記憶を思い浮かべるのではないでしょうか。より自伝的なものから離れていくようです。


ありもしないことを考えてるミスター・マン


You're no good 』の歌も、tell Mr man with impossible plansのミスターマンも、継父を責めているようでありながら、実は語り手の内面の声のようにも聞こえます。もし自分が子供の頃にもう少し違った愛情をもらっていたとしたら?もし自分が愛する人が同じように自分を愛してくれたとしたら?こと人間関係に関しては私たちは過剰に期待したり、反応してしまったりするものですよね。


これから君を知ることはないだろうけど、それでも君を愛するんだろう

I’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhow

おそらくエリオットスミスの全曲の中で一番有名な歌い文句です。曲の最後に歌詞を繰り返すのは彼の常套手段ですが、聞いた人は誰かを思い出さずにはいられないかもしれません。私たちは移ろいゆく記憶の詳細を覚えることはとてもできませんが、人を愛したという事実は、記憶の中の現在としてずっと変わらず存在し続けるような気がします。かなわなかった場合は特に。もしくは、ほんの一瞬知り合った人にでも、この歌詞のような感情を抱くことがあるかもしれません。

調べてみたらポピュラー音楽にも3/4拍子のワルツは結構あるんですね。ビートルズにも沢山あってジョン・レノンが割と好んで曲にしていたようです(Baby's In Black, Norwegian WoodShe's Leaving Home など)。 テネシーワルツに代表されるように三角関係を歌ったものが沢山ありますよね。ワルツ#2でもやっぱり3という数字は意識されているようで、幼い頃の語り手、母、継父の関係、そして、語り手、母、女性の関係、そして過去、現在、未来についても歌われている気がします。

筆者注:Norwegian Wood は正確には6/8拍子になるとご指摘頂きました。記事を読んで、ご不明な点や疑問点等ありましたら、ご一報頂ければ本当に嬉しいです!

Waltz #2 (XO)

first the mic then a half cigarette
singing Cathy’s clown
that’s/to the man that she’s married to now
that’s the girl that he takes around town
she appears composed, so she is, I suppose
who can really tell?
she shows no emotion at all
stares into space like a dead china doll
I’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhow
now she’s done and they’re calling someone
such a familiar name
(such familiar names)
I’m so glad that my memory’s remote
‘cause I’m doing just fine hour to hour, note to note
here it is the revenge to the tune
(he’s gonna have his revenge to the tune)
(he knows the words but he can’t sing the tune)
“you’re no good
you’re no good you’re no good you’re no good..”
can’t you tell that it’s well understood?
I’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhow
I’m here today and expected to stay on and on and on
I’m tired
I’m tired
looking out on the substitute scene
still going strong
(where we belong)
xo, mom
(me and my mom(I love you, mom)
it’s ok, it’s alright, nothing’s wrong
(it’s all wrong)
tell Mr man with impossible plans to just leave me alone
in the place where I make no mistakes
in the place where I have what it takes
I’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhow
I’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhow
I’m never gonna know you now, but I’m gonna love you anyhow

           

           ワルツ #2 

    はじめにマイク、そして吸いかけの煙草
  「キャシーズ クラウン」を歌いながら
あれは今彼女が結婚している男
あれは彼が街を連れ歩く女

彼女は落ち着き払っているように見える、実際そうなんだろう
誰がはっきりわかるというのだろう?
彼女は何の感情も示さず
冷たいチャイナドールのようにぼんやりと前を見つめている

これから君を知ることはないだろうけど、それでも君を愛するんだろう

もう彼女は歌い終わって、誰かが呼ばれている
    聞き覚えのある名前で
(such familiar namesここでは名前が複数形)
記憶が薄れていくのが嬉しい
だって僕は刻一刻、一音一音 うまくやっているから
これがその歌への仕返しさ
(he’s gonna have his revenge to the tune 彼はその歌に仕返ししようとする)
(he knows the words but he can’t sing the tune歌詞を知っているのに彼は歌を歌えない)
「あなたは酷い人、あなたは酷い人、あなたは酷い人」
そんなこと百も承知だってわからないの?
これから君を知ることはないだろうけど、それでも君を愛するんだろう
僕は今日もここにいて ずっとずっと居続けるってことになってる
疲れたよ

疲れてしまったんだ
身代わりの場面に向き合うのは
未だ強くなるばかり
(where we belong me and my mom 僕と母さんがいるところ)
愛をこめて 母さん
(I love you, mom愛しているよ、母さん)

OK、いいんだ、何もおかしくないよ(it’s all wrong全て間違いなんだ)
ありもしないことを考えているミスター・マンに僕に構うなと伝えてくれよ
僕が過ちを犯さないところで
僕に何が必要かわかっているところで

これから君を知ることはないだろうけど、それでも君を愛するんだろう
初期バージョン

Friday 20 November 2020

彼のレコードを聞いて本当にしたいことがわかった - Anything, Adrianne Lenker

 
ギターもすごいがテコンドーも強いらしい。

「(15歳の時の)ボーイフレンドにエリオット・スミスのCD(Either/Or) をもらったんだけど、それを聞いてすごくクールだって思ったわ。とてもインスパイアされたし、すごい衝撃を受けた。今だってそう。レコードの歌詞や音のクオリティ、有機的に作られているのに、心の痛みを和らげてくれる。」 (Pitchfork interviewより) 

「(当時父親と制作していたレコードに対して) 私は自分が作りたいと思っていたレコードを作っていないと気付いたの。そして本当の自分を知ることを学びたくなった、無駄を削ぎ落した彼のレコーディングから聞こえる魔法の全ても。」(NPR interviewより)

Big Thief のエイドリアン・レンカーが最も影響を受けたミュージシャンの一人にエリオット・スミスを挙げています。西マサチューセッツの山奥にあるワンルームキャビンでレコーディングされた「Songs」と「Instrumentals」という対になるアルバムが今年10月に4ADよりリリースされましたが、完全なアナログ制作によるサウンドに心が動かされました。アルバムを通して澄んだ森の空気のような雰囲気があり、今年一番好きになったアルバムかもしれません。レンカーはこのアルバム制作に関して、

「ワンルームキャビンではアコースティックギターの中にいるみたいに感じたわ。空間の中で音が 反響しあうのを聞くのが本当に嬉しくて。」

 と語っています。『ソングス』の中に収められた『エニシング』は恋人(ガールフレンド)との別離が歌われますが、まだ記憶が遠く薄れていない語り手の心の綾を見事に表現していると思います。エリオットスミスの「Either/Or」なくして彼女の作品は存在しなかったかもしれませんね。

Tuesday 17 November 2020

エリオット・スミス プレイリスト(11)He stopped loving her today / George Jones

カントリーの大御所にしてトランプぽい動かない髪形

あなたにとってのハートブレイクソングは?

ジョージ・ジョーンズの『He Stopped Loving Her Today』とニーナ・シモンのほとんどの曲。でも『He Stopped Loving Her Today』は世界で一番悲しい曲だ。この歌は、彼が彼女を愛することをやめたのは彼が死んだから、という設定なんだ。「僕は今日彼に会いに行ったよ」と死んだ男の友人の視点から歌われる、その男の葬式に行くってことなんだ。ものすごく悲しい曲だ。

From interview "Elliott Smith on the tunes that made him a man"